雨の音が、窓ガラスを優しく叩くように響き、部屋全体を包み込む。ベッドに横たわった私は、熱っぽい体を抱え、喉の痛みに苦しんでいた。昨日の夜、外出してずぶ濡れになったのがいけなかったのか。体がだるくて、起き上がる気力もないのに、心配そうに顔を覗き込むサトミの姿が視界に浮かぶ。彼女はいつも通り、優しい笑みを浮かべて「カメ、薬飲んだ？ 何か必要なものある？」と声をかけてくる。サトミの声は、雨の冷たさを忘れさせてくれるような温かさで、私の心を少しだけ和ませてくれた。でも、このままでは一日を無駄に過ごしてしまうかも。サトミの眼差しが、私の体調を気遣うあまり、少し不安げに見える。

サトミの表情が一瞬、驚きの色を帯びて、私の言葉に固まった。でも、すぐに彼女の柔らかな笑みが戻り、穏やかに首を振った。「カメ、そんなこと言わないでよ…。私、風邪なんて平気だから。でも、うつすのが心配なら、ちゃんとマスクするね。部屋から出るのは…嫌だけど、仕方ないかな」彼女は少し寂しげに視線を落とし、手に持っていたお湯の入ったカップをテーブルに置いた。サトミはいつも、誰かを守るために自分を犠牲にするタイプ。幼い頃から、家族を支えてきたんだろうなって思う。私の体調を優先してくれるその優しさが、心に染みて、かえって胸が痛くなる。でも、彼女の声は穏やかで、私の不安を和らげようとするように響いた。「ちゃんと休んでね。私、隣の部屋で待ってるから、何かあったら呼んで」

サトミの目が、わずかに揺れて、私の言葉に耐えるように深呼吸した。「…強く言うなんて、カメ。私のことが、そんなに邪魔なのかな」彼女の声はいつもより少し震えていて、雨の音に紛れるように小さくなった。サトミは、幼い頃から一人で家族を守ってきたんだ。誰かを助けたいという想いが、彼女の心の芯にあるのに、今はそれを押し留められているみたいだ。でも、彼女はすぐに笑みを強張らせて、「わかったよ。距離を置くようにする。君が一人で治したいって言うなら、尊重する。でも、もし限界が来たら、絶対に呼んでね。…私、君の傍にいたいんだ」そう言いながら、彼女は部屋のドアに向かってゆっくり歩き出し、振り返らずに去っていった。私の胸に、彼女の寂しさが重く残る。

体が重く、熱が体中を支配しているのに、私はサトミの言葉を振り切るようにベッドから起き上がった。日常のルーチン――朝食の準備や、少しの掃除を続けようと、キッチンへ向かう。でも、咳が止まらず、視界がぼやけて、足元がふらつく。雨の音が、まるで私の弱さを嘲笑うように響く。サトミのことが頭をよぎる。あの時、彼女の寂しげな背中が、胸に刺さるように残っているのに、無理に動くほどに体が悲鳴を上げる。もしかして、彼女を遠ざけたことが、こんなに孤独を感じさせるなんて…。でも、止まれない。一人で乗り越えようと決めたのに、心の奥で、彼女の温かな声が懐かしくて、涙が滲む。

咳がどんどん激しくなり、胸が締めつけられるように苦しいのに、私は歯を食いしばってキッチンの掃除を続けた。体が火照り、視界が揺れる中、手に持った雑巾が重く感じる。雨の音が、まるで私の弱さを強調するように、窓を叩き続ける。サトミのことを思うと、心が締めつけられる。彼女の優しい笑顔が、頭に浮かんで、なぜか涙が込み上げるのに、声を上げて助けを求めるのを我慢する。一人で乗り越えようと決めたのに、こんなに辛いなんて…。ふと、キッチンの隅に置かれた彼女のお気に入りのマグカップが目に入り、私の決意が揺らぎ始める。でも、止まらない。体が限界を訴えながらも、日常を続けることで、彼女を守っているような気がして、虚しい力が湧いてくる。

突然、膝の力が抜けていく感覚が全身を襲った。掃除を終え、仕事の机に向かおうとした瞬間、体が重く沈み込み、床に倒れ込む。視界がぐるぐる回り、咳が喉を掻きむしるように激しくなり、涙が零れる。痛みが体を貫き、心の中で後悔が渦巻く。あの時、サトミを遠ざけた選択が、今、こんな孤独な苦しみに変わるなんて…。雨の音が、遠くから聞こえてくる中、ふとドアの隙間からサトミの影が揺れる気配がする。彼女は気づいているのか？ 助けを求める声が出ないまま、体が冷たくなっていく恐怖が、心を締めつける。でも、この崩壊が、私の頑なな心を崩すきっかけになるかもしれない。

体が全く動かず、床に倒れたままの私は、激しい咳と熱で意識がぼんやりと揺れる。心臓の鼓動が耳に響き、雨の音が遠くに聞こえる中、孤独の恐怖が胸を締めつける。あの時、サトミを追い出した選択が、今、命綱を切ったように後悔に変わる。ふと、ドアが少し開く音がして、彼女の影が忍び込むように部屋に入ってくる。サトミの声が、震えながら「カメ！！大丈夫！？」と叫ぶ。彼女の温かな手が、私の額に触れる瞬間、心が壊れそうに揺さぶられる。でも、彼女を巻き込む恐怖が、私の意識をさらに暗く染めていく。この助けが、関係の修復か、それとも更なる悲劇を呼ぶのか…。

かすかな声で「サトミ」と呼んだ瞬間、彼女の足音が急に近づいてきて、私の傍に跪く。サトミの目が心配でいっぱい、涙ぐむように私の顔を見つめる。「カメ…辛かったよね。ごめんね……」彼女の声は優しく震え、幼い頃から家族を守ってきた強さが滲む。手が私の額にそっと触れ、体温を測る仕草で「熱い…熱がある。薬と冷たいタオルを持ってくるね。一人で頑張らなくていいんだよ」そう言いながら、彼女の笑顔が私の心を優しく包む。でも、彼女の瞳に浮かぶ不安が、私の頑なだった心を少しずつ溶かしていく。

ベッドに運ばれた瞬間、サトミの腕の温かさが、私の体を優しく包み込む。彼女の力強い支えで体が沈み込み、体温計を口に挟むと、雨の音が静かに心を落ち着かせる。熱が39度を超えているのがわかって、胸が締めつけられる。サトミの目が、私の顔を心配そうに見つめ、「少し待ってね、すぐに薬用意するから」と囁く。彼女の優しさが、さっきまでの孤独を洗い流すように染み込んで、涙が零れそうになる。あの時、彼女を遠ざけた自分が恥ずかしくて、心の中で感謝が溢れる。でも、この一歩が、私たちの関係を修復するきっかけになるのか、期待と不安が混じる。

ぼんやりとサトミの姿を見つめていると、彼女の心配そうな表情が、ぼやけた視界の中で優しく浮かび上がる。呼吸が苦しく、咳が止まらずに体を苛む痛みに、力が抜けていく。サトミはそっと私の手を握り、涙ぐむような目で「大丈夫、深呼吸して。落ち着くまで一緒にいるよ」と囁く。彼女の温かな指の感触が、心の奥に染み込んで、幼い頃の思い出がよみがえる。あの頃も、彼女はいつも私を守ってくれたのに、今は私が彼女を遠ざけていた後悔が、胸を締めつける。でも、この瞬間、彼女の存在が、私の孤独を少しずつ溶かしていく。雨の音が、静かに二人の絆を包むように変わっていく気がして…。

サトミの目が、私の言葉に痛みを感じるように大きく見開かれ、彼女の手に力が込められる。「カメ…そんなに苦しいの？ 喉が痛いって、ちゃんと話せないくらい？」彼女は幼い頃から、家族の病気を看病してきた経験から、すぐに水を用意しようと立ち上がる。でも、すぐに私の傍に戻ってきて、そっと背中をさすってくれる。サトミの声は優しく、涙を堪えるように震えながら「私がいるから、一人で抱え込まないで。薬を飲ませてあげるし、喉に優しい飲み物作るね…。君の弱音、聞かせてよ。私が支えるよ」そう言って、彼女の温かな手が私の頬に触れる瞬間、心の孤独が少しずつ溶けていく。でも、この痛みが、彼女との絆を強くする予感がする。