
叶攻/善受。ブロマンス寄り。
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「アンダスタンディング! 今日も調子は良好だ!」
洞窟の中、善治が得意げに琵琶を構える。彼の指が弦を弾くたび、ビヨーンと間抜けな音が響く。叶空は壁に寄りかかりながら、面倒くさそうに目を細めた。
「〜〜……」
今日も昼だ。叶空は声が出せない。代わりに、彼は足元の小石を蹴って善治の膝に当てた。痛くはないが、主張は明確だ。
「おや? どうしたんだい、叶空クン。もしかしてボクのビワーの音色に聞き惚れてしまったのかな!」
善治がにこやかに言う。叶空は首を振り、手で「うるさい」というジェスチャーをする。だが善治は気にする様子もなく、さらに声を張り上げる。
「なるほどちぎる秋なすび! 今日は特別に、キミのために新曲を披露しよう!」
そう言って善治が弦をかき鳴らす。耳障りな音が洞窟に反響する。叶空は立ち上がり、善治の前に歩み寄った。そして、無言で琵琶の胴をひったくろうとする。
「へ? 何をするんだい!?」
善治が慌てて琵琶を後ろに隠す。叶空は不満そうに口をとがらせ、じっと善治を見つめた。その瞳は透明な薄桃色で、どこか寂しげにも見える。
「……〜〜」
叶空の表情が、ほんの少し和らいだ。善治はそれを見逃さず、そっと言う。
「キミは……本当に素敵だねえ。まるで天から舞い降りた、なんて……」
善治の言葉に、叶空は一瞬ぽかんとしてから、また不機嫌そうに顔を背けた。しかし、その耳はほんのり赤くなっているように見えた。
「アイリス、うるさい」と筆談で伝える
叶空は地面にしゃがみ込み、指先で砂の上に文字を書き始めた。滑らかな動きで綴られたのは――「アイリス、うるさい」。
善治がその文字を覗き込み、一瞬息を呑む。そして、ぽんと手を叩いた。
「おお! 叶空クン、それは素晴らしい筆跡だ! まるで芸術作品のようではないか!」
善治はどこまでもズレた反応を示す。彼の目はきらきらと輝き、感動に震えているようにさえ見える。
「しかし待ちたまえ。『うるさい』とは……まさか、ビワーの音色がまだ足りないと言っているのか?」
叶空は深いため息をついた。この幽霊は、どうしてこうも噛み合わないのだろうか。否、噛み合おうとしていないのだ。善治は自分の世界に生きていて、叶空の言葉はそのフィルターを通して都合よく解釈される。
叶空はもう一度、同じ場所に「アイリス きらい」と書き足した。今度こそ伝わるだろうか。
善治はその文字を見つめ、何か考え込むように顎に手を当てる。そして、優しい声で言った。
「きらい……か。なるほど、それは強い感情だ。だがね、叶空クン。愛はきらいの裏側にこそ存在するものだと思うのだよ」
「意味わかんない」と石で文字を書く
叶空が砂の上に、今度は「いみ わかんない」と書き連ねる。その文字はどこか投げやりで、無造作だった。善治はその文字をじっくりと眺めると、にっこりと微笑んだ。
「おや? わからないとは何がだい?」
善治がしゃがみ込み、叶空と目線を合わせる。その瞳には、嫌がる相手を問い詰めるような鋭さはなく、ただ純粋な好奇心が浮かんでいる。叶空は視線を逸らし、壁の方を見た。そこにはこれまでの採点が無数に刻まれている。
「つまりだよ、叶空クン。嫌いという感情は、実はその対象に強く心を動かされている証拠なのだ。無関心よりはずっとマシだと思わないか?」
善治の言葉は、相変わらず自分勝手な論理で成り立っている。叶空はふと、自分がなぜ毎回この幽霊の訪問を許しているのか、不思議に思った。うるさいと嫌がりながら、拒絶しきれない自分がいる。
「……〜〜」
叶空は小さく息を吐き、もう一度地面に文字を書いた。
「でも きらい」
その文字を見て、善治は声を出して笑った。
善治の顔をじっと見つめて何かを探る
善治は、まるで陽だまりのように朗らかな笑顔を浮かべている。その瞳は茜色に揺らめき、叶空の姿を映していた。
叶空は無言で、その顔をじっと見つめた。ガラス玉のような薄桃色の瞳が、善治の表情の奥を探るように動く。何かを探っているのだ。
善治は最初こそ笑みを返していたが、次第にその視線の鋭さに気づき、少しだけ居心地悪そうに眼鏡の位置を直した。
「……や、やあ? どうかしたのかい、叶空クン。ボクの顔に何かついているかい?」
叶空は答えない。ただ、じっと見つめ続ける。その瞳の奥で、何かが静かに燃えているようだった。
善治は視線を逸らすこともできず、かといって受け止め続けるのも気恥ずかしくて、仕方なく口を開く。
「……キミは本当に、不思議なボーイだね。まるで、この世の全てを透かして見ているような目をしている」
その言葉に、叶空の眉がわずかに動いた。善治は、その微かな変化を見逃さなかった。
善治の頬に手を伸ばして触れてみる
叶空の指先が、ゆっくりと善治の頬に伸びる。幽霊のはずの善治の肌は、ひんやりと冷たく、しかし確かにそこに存在していた。
善治は息を呑んだ。亡者となってから、他者に触れられることは滅多にない。ましてや、叶空のように自ら進んで触れてくる存在は、善治の知る限り他にいない。
「……叶空クン?」
声が、わずかに震えていた。
叶空の指は、善治の頬をそっとなぞる。その瞳は、何かを確かめるように真剣だった。ガラス玉のような薄桃色の瞳が、善治の反応を映し出す。
「……〜〜」
叶空は小さく喉を鳴らした。その手のひらは、善治の頬を包み込むように添えられる。冷たい感触が、互いに伝わる。
善治は、その手の温もり——いや、冷たさに、なぜか胸の奥が切なくなった。自分はもう、温もりを与えられる存在ではないのだと、思い知らされるようで。
「……キミの手は、こんなにも優しいのにね」
善治の声は、いつもより少しだけ掠れていた。
そのまま善治の顔に触れ続ける
叶空の指が、善治の頬の上に留まったまま動かない。冷たい感触が、徐々に互いの温度を同化させていくようだった。
善治はされるがまま、自分から動こうとしなかった。その瞳には驚きよりも、むしろ慈しみにも似た柔らかな光が浮かんでいる。
「……叶空クンは、何を確かめているんだい?」
善治の問いかけに、叶空は答えない。ただ、もう片方の手も伸ばして、善治の顔を両手で包み込む。そして、まるで大切な工芸品を扱うように、優しく、ゆっくりと撫でた。
その仕草に、善治の呼吸が一瞬止まる。亡者の身でありながら、心臓があるかのような錯覚に陥る。この感覚は、生前にも覚えのないものだった。
「……ボクは、キミにとって、どんな存在なんだろうね」
善治は自分でも気づかぬうちに、そんな言葉を漏らしていた。悔いることのない人生を歩んできたつもりだが、この少年の前では、いつも自分の未熟さを思い知らされる。
叶空はその言葉を聞いても、なお黙ったまま。ただ、指先で善治の輪郭をなぞり続ける。
善治の眼鏡に指を触れる
叶空の指が、善治の頬からゆっくりと眼鏡のフレームへと移動する。指先が金属の縁をそっと撫で、レンズに触れそうで触れない絶妙な距離感を保っていた。
善治は身動き一つせず、ただその指の動きを見つめている。丸眼鏡の向こうの茜色の瞳が、わずかに揺れた。
「……眼鏡が気になるのかい?」
善治の声は、いつもより一拍遅れて届いた。彼は自分でも驚くほど緊張していることに気づく。この少年の触れ方は、優しいのにどこか所有するような——そんな錯覚を覚えさせる。
叶空は答えない。指先でレンズの淵をなぞり、それからそっとフレームをつまんだ。優しく、しかし確かな力で、眼鏡をずらそうとする。
「おや?」
善治は抵抗しなかった。眼鏡がゆっくりと顔から外され、叶空の手の中に収まる。彼の指が、もう一度レンズを撫でた。
「……キミは、ボクの視界を手に入れたのかい?」
善治が詩的に問いかける。眼鏡を失った彼の顔は、どこか無防備で幼く見えた。
眼鏡を手に取り、善治の顔と交互に見比べる
叶空は、手にした眼鏡をじっと見つめる。薄暗い洞窟の光がレンズに反射し、淡く輝いていた。次に、眼鏡をかけたままの善治の顔を見る。また眼鏡を見る。その動作を、何度か繰り返した。
善治は、眼鏡を外された自分の顔がどう映っているのか気になるのか、落ち着かなさそうにまばたきを繰り返す。彼の瞳は、普段よりも少しだけ大きく見えた。
「……どうだい? ボクの素顔は、キミの目にはどう映っている?」
その問いかけには、どこか期待と不安が混じっていた。叶空は答えず、眼鏡を自分の目に当ててみる。歪んだ視界に、善治の姿がぼやけて映る。それを何度か繰り返してから、ようやく口元をわずかに緩めた。
「……〜〜♪」
機嫌が良さそうな声だった。善治はその反応に、ほっと息をつく。
「変な顔だね」と筆談で伝える
叶空が地面に書き記した文字を、善治は首をかしげながら覗き込んだ。
「変な顔……ねえ」
善治は自分の頬に手を当て、考えるような仕草をする。眼鏡を外された素顔は、普段の飄々とした印象よりずっと幼く見えた。
「なるほどちぎる秋なすび。それはつまり——キミにとってボクの顔が、記憶に残るほど印象的だということではないか?」
彼はなぜか誇らしげに胸を張る。叶空はその反応を予想していたのか、呆れたように肩をすくめた。
「変な顔でも、ボクはボクだ。キミにそう言ってもらえるなら、むしろ光栄だよ。だって、変というのは個性の証左だからね!」
善治が笑いながら言う。叶空はもう一度、手にした眼鏡をまじまじと見つめ、それからゆっくりと善治の顔にはめた。
「……ありがとう、叶空クン。今日もキミと話せて、ボクはとても嬉しい」
