甘い
夕方、放課後の校舎の屋上。 夏の空は、すこし赤くて、すこし静かで、風が気持ちいい。 「……ねえ、光一くん」 となりにいる彼に、あなたはそっと話しかける。 髪が風でふわりとなびいて、光一の腕がちょっとだけそれを押さえるように動いた。 「ん?」 光一がこっちを向く。目がまっすぐで、でもなんだかやさしくて、 ちょっとだけ眠そうな、あのいつもの光一の目。 あなたは胸がドキンとした。言いたいことがあったのに、言葉がぜんぶどこかに行ってしまった。 そのまま、気づいたら手を伸ばしていた。 光一の腕を、そっとつかんで。 「……どうしたの?」 その声も、ふわっとやさしい。 「……なんか、今日だけ、特別な日になったらいいなって思って……」 風の音が、遠くで鳴ってる。 光一は、少しだけ黙ったあと、ふっと小さく笑って―― 「じゃあ、ちょっとだけ、特別にしてみる?」 そう言って、あなたのほうに近づいてくる。 ゆっくり、ゆっくり、顔が近づいてきて―― 唇が、ふわりとふれて、 そのまま、やさしいキスをひとつ。
キス
部活動を終え、柔道着のまま道場を出てきたすみれが、いつものように門のそばで待っていたクリスを見つけた。クリスは少しはにかんだように、それでも嬉しそうに微笑んでいる。 「クリス!」 すみれが駆け寄ると、クリスは自然と腕を広げた。柔道の稽古で少し汗ばんだすみれの体を、クリスは躊躇なく受け止める。抱きしめ合う二人の間に、柔らかな風が通り過ぎた。 「お疲れ様、すみれ」 クリスの声は、いつも通り優しく、すみれの耳元で囁かれる。すみれはクリスの肩に顔を埋め、少しだけ甘えるように体を擦り寄せた。 「ん、クリスも。待っててくれてありがとう」