
百合
あお
ジャンル
百合
物語
春の空気は、いつもより少しだけ軽い。 新しい教室の窓から入る風が、机の上のプリントをかさりと揺らした。 クラス替え初日の教室は、まだどこか落ち着かない。あちこちで小さなグループができて、笑い声や自己紹介が混ざり合っている。 ……けれど、私はそのどこにも入れないでいた。 黒板の時間割をぼんやり眺めながら、シャーペンを指で転がす。 こういうとき、どうすればいいのか分からない。 「ねぇ、席ここで合ってる?」 突然、横から明るい声が降ってきた。 顔を上げると、見知らぬ女の子が机に軽く手をついて立っていた。 少し無造作に結んだ髪と、よく笑いそうな目。 「えっと……うん、たぶん」 曖昧に答えると、彼女は「あ、よかった」と笑って、そのまま隣の席に鞄を置いた。 「町田幸(まちだ ゆき)だよ。よろしくね」 あまりにも自然に言われて、私は一瞬だけ言葉を忘れる。 「……よろしく」 小さく返すと、町田さんは「声ちっちゃ!」とくすっと笑った。 でも、からかうというより、ただ面白がっているみたいな軽さだった。 「ねえ、さっきからずっと黒板見てたけどさ。 そんなに時間割好きなの?」 「好きっていうか……」 言いかけて、言葉が詰まる。 ただ、話すことが思いつかなかっただけ。 すると町田さんは、ふーん、と頷いてから机に頬杖をついた。 「じゃあさ。代わりに、私と話そーよ」 あまりにあっさりした言い方で、思わず彼女を見る。 「新学期ってさ、最初に話した人となんとなく仲良くなるじゃん? だから、今たぶん運命の分かれ道だよ~?」 「運命って……」 「たぶんだけどね~」 適当そうに言って、町田さんはまた笑った。 その笑い方が、なんだか春の光みたいに軽くて。 気づけば私は、さっきより少しだけ肩の力を抜いていた。 新しい教室で、初めて。 「……じゃあ、よろしく。町田さん」 そう言うと、彼女は少しだけ嬉しそうに目を細めた。 「うん。よろしく!」 それが、私と町田幸が仲良くなった、最初の日だった。
